ピンク・レディー プロジェクト と ファン (2007/02/14)
1976年にデビューしたピンク・レディー、当初は子供がターゲットではなかった。プロジェクトの狙いとファン層について考えてみる。
ここで、ピンク・レディーのファン層を、幼稚園から小学生ぐらいまでを「幼少ファン」、中高生以上を「青年ファン」と呼ぶ事にする。もちろん、それぞれのファンの気持ちや思い等は二つに大別できるわけでないが、便宜上そうすることにする。
デビュー時から、狙い通り「青年ファン」が中心であったが、その後「幼少ファン」に火が付き、さらにキャラクター化した曲を次々に出し、大ブームを巻き起こす。
「青年ファン」がターゲットだった、ピンク・レディー プロジェクトは、ファンの動向からターゲットを「幼少ファン」に重点をおいた。
ファンのスタイルは、「青年ファン」はコンサート会場やTV収録で声援し、「幼少ファン」はTVの前で、振り付けをまねていた。また、「幼少ファン」向けのグッズは数え切れないほどの種類があった。
しかし、「幼少ファン」は次第に離れ、一部の「青年ファン」が残った。
そして1981年解散する。(解散の理由は、ファンが離れたことによる人気低迷ではない。)
2003年、ピンク・レディーはメモリアルコンサートで復活。
これは22年前の突然解散で、想いが残る当時の「青年ファン」の為に復活コンサートをスタートさせた。
しかし、会場には「青年ファン」より当時の「幼少ファン」の方が多かった。
当時TVの前で踊っていた「幼少ファン」は、コンサート会場で踊り、衣裳をまとい、ピンク・レディーに成りきっていた。
そして、期間限定のメモリアルコンサートは2005年に終了。
メモリアルコンサートが終了した現在、熱心な「青年ファン」も残っているが、このコンサートで「幼少ファン」はさらに火が付いてしまった。
燃え上がった「幼少ファン」も熱心な「青年ファン」も今では大人になり、年齢の差などない。
そして、今もなおピンク・レディーを愛してやまない、このファン達を「真のファン」と呼ぶ事にする。
この「真のファン」はしばらく燃え尽きる事はなさそうだ。
もちろん新たなファンも増えた。
さて、ピンク・レディー プロジェクトはこの30年間、スタッフと本人(未唯さん、増田恵子さん)もプロジェクトの一員としてピンク・レディーを創り上げてきた。
ファンの要望に応じる形でピンク・レディーが構成されていった。
しかし、未唯さん、増田恵子さんも、ファンも歳を重ねた。
そろそろ、プロジェクトではなくアーチストとしてのピンク・レディー を!
未唯さん、増田恵子さんが、やりたいピンク・レディー をやってもいいのではないか?
今の年齢にふさわしい、ピンク・レディー を!
それがどんな内容であろうと「真のファン」は離れない。
むしろ「真のファン」が望んでいるのは、アーチストとしてのピンク・レディー である。
※ファン層を分類し名前を付けたが、便宜上筆者が勝手につけたもので、それに当てはまらないからファンではないという訳ではない。様々なファンの方が存在している事は承知している。また、内容は筆者が近年感じた事を独断と偏見で記したもので、様々なファンの方の総意ではない。
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